今回の改正案の最大の変更点は、本人の承諾を不要とした点です。従来の本人の承諾を必要としつつ、承諾可能年齢を12歳に引き下げる案、子供に限って承諾を不要とする案も提出されました。
しかし、後者いずれの法案にも理論的な難点があります。
まず、本人の承諾を必要とする以上、そこには承諾可能能力を考えなければなりません。いかなる能力があれば、有効な承諾をなしうるのか、その能力の基準はどうするのかといった点です。
その場合は、他の法令との理論的整合性が問題となってきます。
たとえば、民法では、自らの財産の死後の処分についての能力として遺言能力があり、その基準として、15歳としています。
この点、承諾可能能力についても、自らに属するものについての死後の処分ということであれば、遺言と同様15歳を基準とするのが自然でしょう。
仮に、財産の処分には財産管理についての高度の判断能力が必要であるけれども、自己の身体の処分については、そこまでの判断能力は必要ないということであれば、遺言能力と異なり、12歳で足りるということにも、それなりの理由があるでしょう。
しかしながら、死の受容については、自らの宗教観、倫理観と不可分のものだと考えれば、財産の処分以上の高度の判断能力が必要であるとも考えられますし、財産以上に身体は価値のあるものだと考えるのであれば、財産処分以上の高度の判断能力が必要だということにもなるでしょう。
いずれにせよ、なぜ、財産処分よりも判断能力が少なくて足りるのか、その点についての議論がなされることなく、子供の臓器移植の必要があるから、年齢を下げればよいというのは、かなり乱暴な議論であると言わざるを得ません。
また、子供の場合に限って承諾不要としてしまうのでは、成年以上に保護の必要性のあるにも関わらず、要件を緩和してしまうことになり、法体系上に矛盾が生じてしまいます。
理論的観点からいえば、大人も子供も含めて本人の承諾を不要とするか、本人の承諾が不可欠だと考えるのであれば、承諾可能とはいかなる状態で足りるのか、そのきちんとした説明がなされなければなりません。
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