☆夫婦別姓論議について★
先日のゼミの中で、先生と討論をいたしました。
先生の方は、推進派の最たる方なのですが、割と冷静に私の意見をお聞き頂きました。
私は、基本的に、別姓には反対の立場です。
理由は、極めて明確で、別段戸籍上、別姓にせずとも、一般社会において通称使用を認めれば、特段の不都合はないだろうし、あるとしても、
それは主観的なものに過ぎないと考えるからです。
別姓論者の中には、筆頭者である男性の戸籍に入ることについての抵抗感があるようですが、筆頭者は男性である必要はないのですから、 夫婦の話し合いの中で、どちらが筆頭者になるかを決めれば良いだけのことです。
もし、相手の男性との間に話し合いがまとまらなければ、それこそ、ライフスタイルについての合意ができないのですから、 そもそも結婚生活がうまくいくのかどうかと、うがった見方をしてしまいます。
結婚後の姓は、ファミリーネームであって、家族は社会の最小構成団体です。
人のまとまりである団体である以上、その代表者は必要です。
その代表者を誰にするか、それは、その団体の構成員である家族で話し合って結論を導き出せば良いのではないでしょうか。
むろん、その決定過程において、家族以外の他人が口を挟むことはできません。
このようなことを言うと、必ず、当事者が良いと言っているのだから、認めてやれば良いのではないかと反論されます。
果たして、そうでしょうか。戸籍とは私的なものではなく、公的なものです。戸籍上家族とされることによって、 家族としての権利義務が公的に認められることになります。
それは、社会がこれこれの場合に家族として認めましょうという、ある種の要件です。法的な要件である以上、それを決めるのは、 国会の役割です。ですから、国民の大多数が賛成しない限り認めないと言ったとしても、なんら非難されることではありません。
このような意見に対しては、かなり感情的に過激に反応されます。しかし、冷静に考えて頂きたい、 個人の自由を声高に主張するのであれば、果たして同性愛者の婚姻を認めますか?
現状では、もちろん同性愛者の婚姻は認められていませんし、同性愛者の婚姻を認めることに関しては、別姓論者の多くも反対するしょう。
それは、突き詰めると、そのようなものは家族として認めないと社会が判断しているからに他なりません。
しかし、個人の自由と言うことであれば、同性愛者の婚姻を認めないことはおかしいのではないでしょうか。
こちらの方が、夫婦別姓論者よりも、よりマイノリティーであって、かつ、社会からの冷たい目を受けて差別されています。
夫婦別姓を貫く為に、事実婚を選択したとしても、現行法上は、内縁関係として、かなり法律婚に近い保護が受けられるようになりました。
しかしながら、同性愛者の家庭を保護するという立法は行われませんし、これからも行われることはないでしょう。
夫婦別姓の問題を、個人のライフスタイルという点から主張していくと、上記の問題に答えることは出来ません。
もっとも、私自身も強硬に夫婦別姓に反対しているのではなくて、社会の大多数がそれを認め、家族の一形態として許容するのであれば、 それも良いのではないかとも思います。
ただ、私が主張したいのは、夫婦のあり方を決めるのは、その個人であって、 それについて国家が口出しをするなという過激な論調に対して、一定の違和感と反発を抱いているというのが正直な所です。





















































































最近のコメント